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テレビ番組
2014-09-27 | テレビ番組, ブログ

『花子とアン』総括

毎回、突っ込みどころ満載だった『花子とアン』

書くと切りがないので今日まで書かずにきたが、最後の最後にきてついに限界。

堪忍袋の緒を切ったのは、一昨日(9月25日)出版社社長役で登場したモギケンの超大根演技

すでに野中さんのブログ(http://ameblo.jp/sawa1808/entry-11929937419.html)を読んで予備知識はあったものの、これほどまでとは!

あまりのヒドさに唖然としていたら、なんと花子の娘がモギケンに「ヒドすぎます!」と叫ぶのでびっくりしたら、セリフだった。

今度はモギケンが「自分に腹が立ってしょうがない!」と言うので、そりゃそうでしょうと思ったら、それもセリフだった。

前に、花子の兄吉太郎と、花子の友人醍醐さんをくっつけるため、周りの人たちが一芝居打つという話があった。素人芝居らしく、どの俳優もわざと下手な演技をするのだが、ものすごく不自然。それを見て、わざと下手な演技をするというのは、とても難しいのだな、と感じた。

そういう意味では、モギケンの演技は誰にも真似できない天性のものだといえる。

それにしてもこのドラマ、男女関係が安易すぎた。

結局、醍醐さんが花子の兄吉太郎と結婚。その醍醐さんは、かつて花子の夫英治のことが好きだった。英治の弟は関東大震災で亡くなったが、花子の妹かよと結婚する流れにあった。ほとんど近親相姦的な至近距離での恋愛関係ばかり見せられたが、現実の世の中もこんなものだろうか。

姉弟となった醍醐さんと英治が過ちを犯さないことを祈るばかり。

それから、男性の老けメイクが下手なのは、NHK朝ドラの伝統なのか?

『おしん』の頃から全然進化していない。老人というより病人。とくに英治。

英治はいつも花子を背後から見守る優しい夫という役柄だったが、私には全然いい人に見えなかった。英治を演じた鈴木亮平は率直に言って悪人顔であり、『阪急電車~片道15分の奇跡』で演じたような役柄が合っている。もういい人役は諦めて、悪役を極めてほしい

英治は、かなり非常識な妻花子をいさめるべき立場にありながら、何でも許してしまうので、私は「イエスマン英治」と呼んでいた。花子がラジオで軍用犬の話を勝手に変えてしまったときも、結局はいいことをしたと認めてしまった。

こういうのを理解ある夫とは言わない。卑屈だ。花子に何か弱みでも握られていたのか?

半年耐えたのに、モギケンのせいでいろいろ書く羽目になってしまった。

(文中、人によって敬称略)

 

2014-08-06 | テレビ番組, ブログ

「対馬丸事件」から70年

NHKの『地方発ドキュメンタリー』。

8月5日の放送は「対馬丸 消えない傷 ~沈没70年目の告白~」

1944(昭和19)年8月22日夜、沖縄から長崎へと航海中だった疎開船「対馬丸」が、アメリカの潜水艦に撃沈され、子どもや引率の教師ら約1500人(2004年時点で氏名判明者1418人)が犠牲となった。

那覇市の「対馬丸記念館」には、70年を経た今になって次々と事件の生存者や遺族から手記や遺品が寄せられている。

対馬丸事件について国が布いた緘口令が長い間尾をひいたこと、生存者や遺族が高齢化したこと、そして今の時勢などが関係している。

沖縄に暮らす99歳の女性は、70年前、国から勧められて家族を対馬丸で疎開させたことをいまだに悔やみ、「私がバカだったと思う」と繰り返す。

当時すでに多数の民間船が撃沈されていたにもかかわらず、国はそれを隠し、「安全だ」と説明した。しかし大陸へ3000人以上の兵隊を輸送していた対馬丸は、出航前から狙われていた。

また、国が沖縄からの疎開政策を進めていたのは、住民の安全のためではなく、沖縄が戦場となったとき高齢者や子どもが足手まといになると考えたからだった。

女性にとって、70年経とうが100歳を目前にしようが、決して風化しない記憶となった対馬丸事件。

児童たちとともに対馬丸に乗船し生き残った女性教師は、保護者たちから責められることが恐ろしく、栃木県で一生を暮らした。

事件から60年以上を経た晩年、部屋の隅に亡くなった教え子たちが座っていると話し、家族が否定しても、そう言い張ったという。死後に残されたノートには、教え子たちへの思いが綴られており、60代の娘がその思いを伝えるため、今、遺族たちを訪ね歩いている。

ここでも70年という時間の経過は、まったく意味をなさない。

沈没後、夜の海に投げ出され、漂流の末に救出された男性は、長い間、事件について聞かれるだけで「総身が毛立つ」ほどの拒否反応が出たが、今になって体験を手記にまとめた。

一番の動機は、子どもや孫たちに自分と同じ体験をさせたくないから。

「今の社会状況に対しては怖い思います。今の状況見たら、我々が経験したことが、あの世の中がまたやってくるのか、と」

体験者にしかわからないこの感覚は侮れない。

歴史を振り返ると、恒久平和などありえないことがわかる。しかしだからこそ知恵を振り絞って平和を維持する努力が必要なのだ。

日本という国で1945年以来続いている平和は、少し長めの戦間期にすぎないのだろうか。

 

2014-05-25 | テレビ番組, ブログ

沢口靖子の「霞夕子」

『金曜プレステージ』「検事・霞夕子」シリーズは、2時間ドラマの中で例外的に面白い。

2011年の「無関係な死」2012年の「年一回の訪問者」もよかった。私はこういうジメジメした話に共感しやすい。今回の「不能犯」はジメジメ感はなかったが、犯人に共感した。

床嶋佳子の霞夕子も悪くなかったが(桃井かおりはガラ悪すぎ、鷲尾いさ子は演技下手すぎ)、私は沢口靖子演じる霞夕子とその家族が好きだ。

家事一切を取り仕切る母松原智恵子、夕子の実家の寺を継いだ夫ダンカン、小学生の娘。

母と夫の仲は円満、娘は母思い。

いつも見ながら最初に思うのは「ダンカン下手」。

もちろん沢口靖子も下手で、以前は気になったが、あるとき『婦人公論』のインタビュー記事に“演技が下手なので努力しつづける”といったことが書いてあり、その謙虚さに恐れ入った。以来、気にならなくなった。

ドラマの内容はさておき、最後に描かれる夕子の家族の光景が、今回もまた心に沁みた。

事件解決後のこういう場面は、殺伐とした事件モノの口直しなのだろうが、『相棒』の「花の里」、ちょっと古いが『はぐれ刑事純情派』真野あずさの店の場面など、要らないと思っていた。ましてや原日出子のテニスウェアとか(これも古い)。

でも霞夕子家の団欒は不可欠。今回、夕子と娘の思い出の絵本として登場した『コンとあき』(林明子作)は私も大好きで、本棚にある。今日あたり、売れてるんだろうな…

(敬称略)

 

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