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テレビ番組
2013-09-21 | テレビ番組, ブログ

『世界の村で発見!』スタッフの戦略(?)

普段わが家では、バラエティ番組といえば、大家族モノと『もてもてナインティナイン』の「お見合い大作戦」の回くらいしか観ない。

昨日は、たまたま夫が『世界の村で発見! こんなところに日本人』を観ていた。ガヤガヤとうるさい番組だったので、「そんなテレビ見てる暇があったら、仕事すれば?」と言ったのだが、無視。

そのうち、内モンゴルに住む70代の日本人女性に、東ちづるが会いに行くという話に。前半は東が現地の食べ物を口にして、おいしいとかまずいとか、どうでもいい内容だった。しかし後半、様相がガラッと変わった。

女性に出会い、東が、どうして内モンゴルで暮らすことになったのですか?と問うと、女性は、戦争中に家族で満州へ渡ったこと、1945年8月のソ連の対日参戦により家族で逃げ惑い、姉は逃げ込んだ溝の中で圧死、弟はソ連兵に殺され、母親は背負っていた1歳の妹を刺し殺してから自害したことなどを淡々と話した。

当時七歳だった女性だけが生き残り、中国人に助けられ、親切な養父母に引き取られたのだという。

女性は日中国交回復後、残留孤児として日本へやってきたが、中国で暮らすことを選んだ。

今は、子どもや孫たちに囲まれて幸せに暮らしている。

私が戦争関連のNHKスペシャルやドラマを観ていると、「こんな番組は観たくない」と言って絶対に観ない夫(念のため、戦争経験者ではない)。そんな夫も、突然の展開についていけず、神妙な面持ちで女性の話を聞いていた。

最近では、『Woman』を観ていた私に、「そんな辛気臭いドラマは観たくない」と言って、激怒させた夫。どうも「不幸」を観たくないらしい。しかし「不幸」から目を逸らしても、「不幸」はなくならない。

軽い(?)話で引き寄せておいて、うちの夫のような人にまで、戦争体験者の貴重な証言を聞かせてしまう『世界の村で発見!』の番組スタッフの「戦略」に恐れ入った。「そうか、この手があったか」(なんのことだか)と思った。

(文中、敬称略)

 

2013-08-20 | テレビ番組, ブログ

『おしん』その他ドラマ

「おしん」役としては無駄に色気のある田中裕子に違和感を感じつつ、NHKBSの『おしん』再放送を観続けている。

『おしん』には、近代日本の女性たちの体験が凝縮されているように思うので、一度はきちんと観ておきたいのだ。

何度も書いているが、田中裕子演じる「おしん大人時代」は、小林綾子が演じた「おしん子ども時代」に比べると、あまり面白くない。

それでも、何回(何十回?)かに一度、観る価値あり、という回がある。

例えば、給金がよいばかりか習い事もさせてもらえると、嬉々として女工になった「おしん」の姉「はる」が、結核を患って実家に帰され、粗末な納屋で亡くなったとき。

「はる」は、まだ幼かった「おしん」に、なけなしの小遣いで石盤を買ってやったことがあった。本当は、自分が勉強したかった。髪結いになる夢も果たせなかった。

「はる」のほか、「おしん」自身や「おしん」が出会った(とくに佐賀の)女性たちと同様の経験を当時の幾万の女性たちも経験していたのだ。

その延長線上に、今日の私たちの生活がある。

最近の放送では、「加賀屋」の「お加代」が不遇のうちに亡くなった。

東てる美が演じた「お加代」は、酒田弁も自然で、わがままながらも親しみがもてた。

私は「田中おしん」よりも「東お加代」が好きだった。

こうした名場面も一歩引いて見てしまうのは、一重に「おしん」役が田中裕子だからなのだ。

もし現在の小林綾子が「おしん」の大人時代を演じていたら(もっとも「おしん」は「器量がよい」という設定なのだが)、もっと共感できた。

リメイクするなら小林綾子、もしくは徳永えり(『あまちゃん』で「なつばっぱ」の若い頃を演じている)に主演してほしい。

「おしん」を生涯にわたって支える王子様役を渡瀬恒彦が演じているが、渡瀬が関わる場面は、私には玉に瑕としか思えない。

「おしん」は髪結い、飯屋、魚屋など、職を転々とするのだが、飯屋が軌道に乗り始めたところに、渡瀬がふらっと現れ、「おしんさんに酔っ払い相手の仕事をさせたくない」とか何とか言って、「おしん」にとっては縁もゆかりもない伊勢に転居させ、魚の行商に就かせる。

強引というか横暴というか。素直に従う「おしん」も「おしん」だが、「田中おしん」ならさもありなん、という気にもなる。

『おしん』の頃から比べると、かなりふくよかになった田中裕子が『Woman』満島ひかりの母親役を演じている。

この母親はかつて、夫(満島の父親)の暴力から逃れ、結果的に幼い満島を捨て、新しい家庭を築くことになった。

夫は暴力のみならず、小説家を夢見て、田中を困らせていたらしい。つまり、Oh,My Dad!!織田裕二のような男なのだ(織田はDV夫ではないが)。

すると、田中は織田の妻、鈴木杏樹の立場ということになる。となれば、田中演じる意地悪な母親にも同情したくなる。

『Woman』で白血病を発症した満島の主治医を演じるのが、高橋一生

朝ドラ『おひさま』で、東京大空襲のとき、満島(育子役)を救った好青年を演じたのが高橋だった。

『Woman』でも満島を救ってほしい。

(余談だが、中学生だった高橋一生君に国語を教えていたことがある。まだ背も低く丸顔で、かわいかった)

『Woman』で高橋と同じ病院で働く研修医を演じている谷村美月

『八重の桜』では、「八重」の兄「山本覚馬」の京都での生活を支え、その子を産み、会津の「うら」にかわって妻となった。

「覚馬」と谷村がそうなる伏線はあったし、当時の「家システム」の下では、結婚も離婚も子どもの存在も、今とは意味合いが違う。

わかってはいても、どうしても現代的感覚が拭えず、「覚馬、不潔!」と思ってしまう。

「うら」の娘も、最初こそ母親が恋しくて泣くが、すぐに谷村に懐いてしまう。

登場人物たちの「うら」に対する薄情な態度に、会津ファンとしては納得がいかない。

舞台を東京に移してから面白くなくなった『あまちゃん』。『八重の桜』は大丈夫だろうか。

(敬称略)

 

2013-08-18 | テレビ番組, ブログ

NHKドラマ10『激流』

NHK「ドラマ10」は二度と観まいと誓いながらも観てしまって後悔し、再度固く誓ったにも関わらず、「柴田よしき原作」に期待して観始めた『激流~わたしを憶えていますか?~』

ミステリーとしては中途半端、群像劇としては陳腐だった。

中年になった同級生たちが、何かと理由をつけては深刻顔で集い、外に出ると必ず横一列に並んで歩く。山の上で並ばれたときには「八ツ墓村か?」と思った。

懐かしいというか、古臭いというか。群像劇としては、90年代はじめにやっていた野島伸司脚本の『愛という名のもとに』から、全然進化していない。

ちなみに、『激流』で銀行員の「サバちゃん」を演じていた山本耕史は、『愛という名のもとに』で高校生を演じていた。芸歴が長い。『激流』の同級生たちの中で一人だけ老けているような気がしたが、どうりで。

中盤、肝心の謎解きは停滞したまま、彼らの超手近な恋愛や、ともさかりえの弾き語りにつき合わされてゲンナリ。武田真治の“高速車椅子”の演技を見たときは、失礼ながら笑ってしまった。

最終回、「冬香」の不幸にかこつけて、今後も定期的に会うことを約束する、下心丸出しの同級生たち。

ダシにされるくらいなら、忘れてくれたほうがマシ、と「冬香」は思っているのではないだろうか。

(文中、敬称略)

 

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