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寺尾姉妹

その6:「寺尾姉妹」事件――性的視線にさらされる女性アスリートたち

 女性アスリートは、男性アスリートよりもはるかに容姿やプライベートなど、競技と関係ない面が取り沙汰される。

 競技中、胸部や股間を狙ってシャッターを切り、雑誌やウェブメディアに提供するカメラマンもいるため、集中力を欠いてしまうという女性アスリートもいる。あくまで真剣に競技に取り組んでいる彼女たちが、性的に消費されているのである。

 こうした傾向は、日本で女子スポーツが勃興した頃からすでに見られた。一時は人見絹枝のライバルとも言われた、双子のスプリンター「寺尾姉妹」が最初の犠牲者といえよう。

 東京府立第一高等女学校の学生だった寺尾正(きみ)は五〇メートル走、寺尾文(ふみ)は百メートル走を得意とするスプリンターで、文は世界記録が十二秒四だった当時、十二秒七の記録をもっていた。

 姉妹は記録だけでなく美貌でも世間の注目を集め、ブロマイドが発売されるほどの人気だった。

 一九二七年の第四回明治神宮競技大会の短距離走で、絹枝が姉妹を抜いて一位でゴールすると、姉妹を一目見ようと望遠鏡を携えて集まった男性たちは、絹枝にひどい罵声を浴びせた。

 それでも絹枝は、二人のスプリンターの登場をうれしく感じ、もう一人有能な選手を加えて四人でチームをつくり、翌年のアムステルダムオリンピックのリレー競技に出場したいと考えた。しかし姉妹は、絹枝と走ったこの大会を最後に引退してしまう。

 作家の久米正雄が、姉妹をモデルとした「双鏡」という“愛欲小説”を『婦人倶楽部』に連載したためである。ほぼフィクションのスキャンダラスな内容に、姉妹の両親が抗議した結果、連載は中止されたが、このようなことが続けば将来の縁談に差し支えると判断した母親は、姉妹に競技生活からの引退を命じた。

 「寺尾姉妹」事件から九〇年。女性アスリートたちは相変わらず性的視線にさらされている。その背景にあるのは、“女性アスリートに対するリスペクトの欠如”だろう。

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