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オバサン・月経・犯罪

アンネナプキン(その4)エピローグ

当ブログ1118日付「アンネナプキン(その3)アンネ社の斜陽」の続きです。

ミツミ電機を離れたあとのアンネ社と、社長だった坂井泰子さんに関する雑誌記事は、なぜか揶揄的なものが多い。

以下引用> 「アンネ」そのものは五十五年にライオンの子会社となり、現在は製造だけを担当。研究開発もライオンが行い、アンネブランドも「郷愁を抱く人のために」(ライオン広報部)わずか一種類あるのみ。

「アンネという名前も、今となってはネーミングがダサい」(ライオン広報部)

確かにいまどき「アンネになっちゃった」なんていうのは、恥ずかしい。生理とハッキリ言うほうがカッコイイのだとか。(中略)当の泰子女史はといえば、五十五年には会長も退き、現在は相談役として残るだけ。

「新製品がでると文字通りご相談にあがるわけです。パッケージなどに具体的なご意見を頂いてます。性格がおハデなせいか、赤系統がお好きなようですね」(ライオン広報部)

夫の秀弥氏は、かつてアンネの一代理店にすぎなかったあのピップフジモト副社長となり、泰子さんは専業主婦として夫の仕事をサポートするだけ。

五十五歳になり、みずからの実験もままならずか、今や海外旅行に明け暮れる毎日とか。

(『週刊文春』1989年5月4・11日号)

これは吸収合併の少し前の記事だが、泰子さんとアンネ社の功績についてはまったく触れていない。

こうした記事について、元社員の方は、「なくなっちゃった会社だから、叩きやすいんでしょ」と寂しげだった。

それにしても、ライオン広報部は、なぜこんなにアンネを目の敵にするのだろう。

私もかつて、アンネについての取材がしたくて、ライオン広報部に電話をかけたことがあるのだが、応対した女性から、「担当者がいないから後ほどこちらから連絡する」と言われた。

しかし、いつまで経っても連絡が来ないので、2ヶ月後に電話をかけると、また「こちらから連絡する」と言われ、以来、10年以上連絡は来ない。

もしかしてライオンには、「アンネについての取材は拒否する」といった不文律(成文律かも)でもあるのだろうか?

話が逸れた。

女性たちの生活を便利にしたいという一念から始めた仕事が、傾きかけた途端に、揶揄や嘲笑の的となる。

「若くてきれいな女社長」と持ち上げたマスコミは、彼女が窮地に陥ったとき、もう味方には付いてくれなかった。

私は、アンネナプキンとアンネ社について書こうと思ったとき、まず坂井泰子さんと連絡をとろうとしたのだが、すぐに挫折し、次にミツミ電機の森部一さん、PR課長だった渡紀彦さんと連絡をとろうとした。

しかし、ミツミ電機に電話したところ、森部さんはすでに亡くなられていた。

渡さんは、『アンネ課長』(日本事務能率協会、1963年)以降、多数の著書を出版されていたので、出版社に問い合わせたが、やはり亡くなられていることがわかった。

その後、元社員の方々からお話を伺うことができたのだが、森部さんは銀行の指導でアンネ社の株を手放したことを悔やみ続けていたという。

また、それについて泰子さんは多くを語らなかったというが、まさか森部さんが株を手放すとは思っていなかったらしい。

渡さんは、アンネ社のPRで広告業界に名を馳せ、アンネ社がオーナーチェンジする前に、東急エージェンシーに引き抜かれ、顧問を2年ほど務めていた。

その後、独立して、経営コンサルタント会社「ワタケン」を設立。

マーケティングや宣伝に関心のある若者たちを集めた「リードの会」も主宰していた。

最初から最後まで「リードの会」に所属していた方によれば、この会で渡さんがアンネ社について触れたことは、一度もなかったという。

多忙のためか、「自分はアンネにいるかぎりは独身だ」と宣言していたという渡さんは、『アンネ課長』のあとがきに、「私はいま、ますます孤独である」「私は公私とも、さびしいのである」と書いている。

渡さんは、アンネ社が吸収合併される前に癌で他界したが、危篤と聞いて元同僚たちが駆けつけたとき、かたわらには妻がいたという。

渡さんの孤独は解消されていたようだ。

泰子さんは、外部との接触を一切断った。

その理由については、元社員の方々に尋ねてもわからなかった。

アンネ社が消えていく過程で複雑な思いをされたことが原因なのか、それとも、アンネのことは過去のことと割り切られたのか。

もともと、快適な生理用品を作りたいという思いからアンネ社を設立した泰子さんにとって、利益を上げたい、会社を所有し続けたいという執着はほとんどなかったようだ。

それが、潔い引退にも表れていた。

泰子さんが世に送り出した使い捨てナプキンは、これからもずっと女性たちのかたわらにあり続けるだろう。

「オバサン」と「紳士」

前回の当ブログで、『朝日新聞』「声」欄から、3つの投稿を紹介した。

バスのなかで悪態をつく男性を一言で鎮めた「オバサン」を称えた投稿。

育児中の母親に温かい声をかけてくれる「オバサンたち」を称えた投稿。

50代と見える」女性から、育児について叱責されたという母親の投稿。

①②は、「オバサン」という言葉をあえて使って、中高年女性の称えられるべき言動を紹介し、「オバサン」の名誉回復に貢献している。

③ではあえて(?)、「オバサン」という言葉は使われていない。

この投稿の文脈で「オバサン」を使ったら、まるで「オバサン」だからそういう言動に及んだのだと言わんばかりになる。

さて、③の投稿に対して昨日、「落ち着いた紳士の声 救いに」という投稿が寄せられた。

以下引用>> 「責めるより救いの手伸べて」を読み、疲れたり機嫌が悪かったりすると、どこにでも寝そべる癖があった当時2歳の息子のことを思い出しました。ある日、息子はスーパーの出入り口付近で寝そべり、腰痛があり、子どもを抱えて歩けない私が立ち上がるように言っても聞きません。

そこへ、高齢の男性が一言、「そんなところに寝転がっていたら汚いぞ」。叱るでもなく、私を責めるでもなく、落ち着いた声でした。男性はすぐ立ち去りましたが、それを聞いて息子は跳び起き、私はどんなにありがたく感じたことでしょう。誰でも声をかけあえる社会は、人が育ち、暮らす上で大切と思いました。

(『朝日新聞』「声」20111121日)

前回紹介した①②の投稿と同様、この投稿では、高齢男性の言動を称えているのだが、「オジサン」という言葉は使われていない。

ここに、「オバサン」と「オジサン」という言葉のニュアンスの違いが読み取れる

さらに、この投稿のタイトルには、「紳士」という言葉が使われ、違和感がない

「紳士」の対義語は「淑女」ということになっているが、もし同じことをしたのが女性で、「落ち着いた淑女の声 救いに」というタイトルだったとしたら、違和感がある。

上品な男性を「紳士」と呼ぶことはあっても、上品だからといって、なかなか女性を「淑女」とは呼ばない。

また、「紳士」は幅広い年齢層に使えるが、「淑女」には年齢制限がありそうだ。

気軽に声をかけ、母親に救いを与えても、②の投稿では「オバサン」。

かたや、紳士っぽい描写はとくにないが(行為が? それなら「オバサン」も同じ)、「紳士」。

「紳士」の一言で母親は救われたわけだし、腐すつもりはないのだが、よその子どもに声をかけることは、世の多くの中高年女性たちにとって、当たり前の日常だ。

男性が声をかけたという点が新鮮なのだろうか?

①の投稿にある女性は、バスが遅れたと悪態をつく「体格のよい中年の男性」に対し、「そんなに遅れてないわよ」と言った。

2歳児と異なり、逆ギレして襲いかかってくる可能性がないとは言えない。

じつに勇気のある一言だ。気品さえ感じる。

しかし投稿タイトルは、「淑女の一声でイライラ車内一変」とはされない。

女性の場合、他人に意見するという行為は、上品とは見なされないからだ。

相手を省みず、堂々と主張する態度は、「オバサン」的と見なされてしまう。

「オバサン力」は正しく使おう

11月7日付当ブログ、「取調べに負けない方法」に関連して。

刑事の心理作戦に負け、逮捕から10日目に虚偽の自白をした甲山事件のSさん。

163日間も身柄を拘束されたものの、検事の厳しい取調べに屈しなかった厚生労働省の村木厚子さん。

短大を卒業して間もない22歳の保育士と、数少ない女性官僚として30年間働いてきた村木さんとでは、権力と対峙する姿勢に差があるのは当然だ。

もう一つ大きな違いは、Sさんにとって刑事は自分の親のような年齢であったのに対し、村木さんの場合、検事は自分と同年代か年少であった。

人と相対するとき、自分のほうが年長であれば、心に余裕が生まれる。

私は10年ほど前から、「最近、役所の対応が格段に良くなった」と感じていたのだが、それは役所のサービスが改善されたわけではなく、私自身が「適当に対応してもかまわない年少者」から、「対応を間違えたら文句を言われそうなオバサン」へと変わったせいかもしれない(実際には、そんなにうるさいオバサンではありません)。

そういえば、以前は知らない人から話しかけられたり、問い合わせがしたくて電話をかけたりするとき、多少は緊張したが、今は病院の待合室やバスで隣り合わせた人とは、ほぼ確実に世間話をしているし、考えるより先に電話をかけている。

多くの人があるとき、この「年齢から生まれる心の余裕」に気づくのではないだろうか。

それを自覚的に生きている女性が、「オバサン」と見なされているようだ。

以下引用>> (前略)家の近くからバスに乗ったところ、次の停留所で体格のよい中年男性が乗ってきて、「金を払うのか、こんなに遅れて」と怒鳴ってから私の前の席に座った。すると、後方の席から「そんなに遅れてないわよ、4分くらいよ」と熟年の女性の大きな声。不快感が漂った車内の空気は、ほっとしたような雰囲気に変わった。男性は目を閉じたまま黙っていた。

最近、イライラしている人が多いようだが、それを一声で鎮めてみせる「オバサン」の力に脱帽した。(後略)

(「女性の一声でイライラ車内一変」『朝日新聞』「声」2011927日)

こういうときこそ、「年齢から生まれる心の余裕」を生かしてほしい。

とはいえ、この女性は若い頃から、思ったことをはっきりと言うタイプだったのかもしれない。

したがって、わざわざ「『オバサン』の力」と書かずとも。その前では「熟年の女性」という言葉を使っているのに。

しかも投稿者は84歳の男性。

もしかしたら、「おばあさん」と書きたいところをあえて「オバサン」とサバを読んでいる(?)のかもしれないが。

それとも、蔑称化した「オバサン」という言葉の名誉回復のために、あえてカタカナの「オバサン」を使っているのだろうか?

以下引用>> 明るい髪色、ピアスにメーク、携帯依存症。イマドキの若者の私18歳でできちゃった婚、そして出産。(中略)

年子の娘と息子は可愛いが、ずっと一緒だと息が詰まる。母親失格だと自分を責めたりもした。そんな私に希望をくれたのが通りすがりのオバサンたちだ

「今は大変だけど、人生を振り返ると一番輝いていてすてきな時よ」「イライラして当たり前」「上手に育ててるね」「可愛いね」「帽子かぶせなさい」「よだれ出てるよ」。お世辞とおせっかい。その一言に救われる。

私みたいに旦那以外とは会話がない母親には、オバサンたちのおせっかいも立派なコミュニケーション。世のオバサンたちがもっとおせっかいになったら、救われる母親がいるはずだ。

(「『おせっかい』が育児を救う」『朝日新聞』「声」201182日)

1117日付当ブログ「オバサンは『孤独死』しない」でも触れたが、オバサンのコミュニケーション能力は侮れない。育児に悩む母親も救う。

「イマドキの若者」が新聞投稿などするのだろうか、と意外に感じたが、それこそ偏見というものだろう。

「オバサン」を「中高年女性」と書いてもいいと思うのだが、この投稿者も、「オバサン」の名誉回復を狙っているのかもしれない。

次は、育児についてのオバサンの助言が、母親を追い詰めてしまったケース。

以下引用>> 「あなたお母さんでしょ! もっと優しくできないの!」。買い物中のトイレで、5歳と3歳の息子の手を洗っている時、50代と見える女性からすごい剣幕で責められました。私はせっけん液で遊ぶ息子たちを「ちゃんと洗いなさい! ゴシゴシ泡立てて!」と叱っていました。

息子たちは、道路わきの崖を登って遊んでいて暗くなり、危ないと注意してもきかず次男が転んで、ようやくやめさせると2人で反発。はぐれた夫を捜す前にまず泥だらけの手を洗おうと、混雑をかき分け、ようやく着いたトイレでした。

そこへ「そんなことしてると大きくなってやり返されるわよ!」と追いうち。(後略)

(「責めるより救いの手伸べて」『朝日新聞』「声」201111月9日)

これは、前の投稿とは真逆である。

母親よりも年長であるオバサンの立場から、子どもたちのために発言したのだろうが、母親に同情せざるをえない。

ここでは前2つの投稿とは異なり、あえて「オバサン」という言葉が使われていない。

「声」欄の担当記者も、「オバサン」の名誉回復を図っているのだろうか?

オバサンの「心の余裕」やコミュニケーション能力は、人生経験から得た貴重な武器である。

使い方によって、人を助けたり、逆に凶器になったり。

「オバサン」を蔑称化しないためにも、武器は正しく使いたい。

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