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オバサン・月経・犯罪

「イネコナプキン」

現在、普及している生理用ナプキンの元祖は、1961年にアンネ社から発売された「アンネナプキン」である。

社名と商品名は、『アンネの日記』からとった。

理由は、アンネ=フランクが日記のなかで月経を「甘美な秘密」と表現し、肯定的に捉えていたからである。

アンネナプキン発売時の日本では、まだ月経不浄視が根強く、月経について女性同士で話すことさえ、憚られていた。ナプキンを商品化し、市民権を獲得するため、アンネの前向きな月経観にあやかろうとしたのである。

そしてそれは、期待以上の成果をおさめ、「アンネ」は月経の代名詞ともなった。

アンネの初経から遡ること25年。第一次世界大戦中の長崎にも、初経を前向きに捉える少女がいた。

佐多稲子の自伝的小説『素足の娘』の主人公は、母親を早くに亡くし、父親と生活していた。初経を迎え、離れて暮らす祖母からの教えを思い出し、一人で呉服屋へ布を買いに行き、人目を気にしながらコソコソと丁字帯を縫う。

しかし彼女は、心細さを感じるよりも、自分が年齢相応に初経を迎えたことに安堵し、微笑むのである。そこには、月経不浄視や、女性性に対する卑下はまったく感じられない。

第一次大戦当時の日本ではまだ、月経小屋や別火(穢れをうつさないため、炊事の火を別にすること)、乗舟の禁止など、月経禁忌にもとづく慣習が、各地に残っていた。

(同じ頃、アメリカでは世界初の使い捨てナプキン「コーテックス」が発売され、急速に月経タブー視が解消されていった)

つまり佐多稲子は、当時の一般的月経観とはかけ離れた、肯定的な月経観の持ち主だったといえる。

もしアンネ社の社長坂井泰子や、PR課長の渡紀彦が『素足の娘』を読んでいたら、商品名の候補に「イネコナプキン」が挙がっていたかもしれない(?)。

今、東京目黒の日本近代文学館で、「凛として立つ――佐多稲子の生と文学 没後15周年記念展」が開催中である。

初日に出かけたが、観覧料200円とは思えない充実の内容だった。

 

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