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2012-05-08

NHKスペシャル『震災を生きる子どもたち』

NHKスペシャル『震災を生きる子どもたち 21人の輪』(5月5日放送)。

同じく『震災を生きる子どもたち ガレキの町の小さな一歩』(5月6日放送)。

登場する子どもたちが、いい子ばかりで参った。

子どもはみな純真だとか、子どもはみな限りない可能性を秘めているとか、そういう「子ども礼賛」には懐疑的な私でさえ、ここに登場した子どもたちには、何か特別なものを感じてしまった。

『21人の輪』は、震災、原発事故に見舞われた福島県相馬市の小学校6年生たちの1年間を撮った。

津波で母親代わりだった祖母と家を失い、避難所(のち仮設住宅)で祖父と2人で暮らす女の子は、5キロも痩せてしまった。

でも、優しい祖父との何気ない会話には、自然と笑顔がこぼれる。

父親が自営するレストランが再開できるように、黙々と店の片付けを手伝う女の子。

久しぶりに看板に灯りがともった夏の夜、父娘は、外から店を眺め、女の子は「らしい!らしい!お店らしいよ!」とはしゃぐ。

再開の日、女の子は父親の自慢の煮込みハンバーグを食べ、「おいしい」とにっこり。

代々、農業を営む家の男の子は、一旦、神奈川に避難したが、ふるさとに戻り、父の農作業を手伝う。

風評被害で米はまったく売れなかったが、「絶対、この田んぼを守っていきます」

どの子も、大人に「やらされてる感」「言わされてる感」がない。

自然な言動が、そのまま祖父、父親、家族を支えていることが伝わってきた。

『ガレキの町の小さな一歩』は、津波で母親を亡くし、父親と2人で暮らす大槌小学校6年生の千代ちゃんに密着。

明るすぎる、泣かない、母親のことを語らない千代ちゃんを周りの大人たちが心配するが、徐々に、千代ちゃんは母親との思い出を語るようになる。

というか、大人を慮って語ったという感じ。

気丈に振舞うことには、彼女なりの思いがあるのだろう。

母親について語れるようになることが、本当に彼女のためなのだろうか。

また、『21人の輪』の担任の先生が淡々としていたのとは対照的に、千代ちゃんの担任の先生はとても涙もろい。

父親も、千代ちゃんに「さびしいことがあったら泣いてもいい」と言いながら、自分が泣いてしまう。

大人に先に泣かれたら、子どもは泣きづらい。

津波で流された家の跡で、父親は「彼女(千代ちゃん)のためにも生きてみようと思います」

ここでも子どもが大人を支えている。

はじめて千代ちゃんのお弁当を作る父親。

ウィンナーを炒めてから、包丁で2つに切っていたが、ものすごく丁寧。

手元を撮っていたカメラも、あまりに真剣な父親の表情をクローズアップ。

そのウィンナーをお弁当カップに入れるか、レタスにのせるか、あるいはお弁当カップにレタスをのせてから入れるのか悩んだ父親は、思わず撮影スタッフに相談。

お弁当が出来上がると、千代ちゃんに「どうですか?」と聞き、千代ちゃんは「うん!いい、いい、いいよ!」とこたえる。

涙もろい大人たちや、自分のために生きてくれている父親に、気を遣いながら気丈に振舞うというのが、千代ちゃん流の立ち直り方なのではないかと思った。

 

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